Naoki の居酒屋日記

フィリピン・セブ島在住20年の Naoki が綴る居酒屋日記
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お詫び

ブログ閲覧訪問者各位 様
 
本日はインターネット接続不能につき、更新できません。
繋がりましたら「まとめ投稿」致しますので暫くお待ち下さい。

NAOKIの居酒屋日記 NOAKI
2013/01/10/20:37

代理投稿屋
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PC Trouble!

 I can not open "My blog"...
This morning My PC dead,  so that can't write my blog, sorry to my guest and friends. Please forgive me !!

 代替えの投稿を頼まれましたが、PC に日本語環境の無い会社にいましたので「ローマ字」の投稿になってしまいました。今朝、PC を触ったところ全く投稿の出来る状況では無かったようで、急遽、連絡があり皆様にお断りしてくれと言う事でした。代わりの PC を探してブログを再開するそうですのでもう暫くお待ち下さい。

 元気に帰国して仕事をしていますので宜しくと言う事でした。セブは昨日からのお雨で各地で浸水騒ぎとなっていますが多分ロールンヒルズ近辺と恭平ラーメン近辺は「バハ」で交通が麻痺しているものと思われますのでお出かけの際は十分な情報を仕入れてから”A.S.フォーツナ方面”のお出かけになるようにして下さい。午前中雨は上がっていましたがまた雨が降り出したようですね。

「代筆屋」
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代理投稿

ここのところ神楽マンダウエ周辺では PLDT の状態が非常に悪いようです。(私の住むマクタン島でもあまり良くない状態です。) と言う訳で Naoki さんが新規記事を投稿出来ないのです。午前中に連絡がありましたので代理で皆様にご報告です。明日には PLDT が何とかすると言っているようですが ... ここはフィリピン ! あまり期待しないで「復旧」を待っていて下さい。Naoki さんの「怒濤の投稿」があるかと思いますんでよろしくね !!
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Blog が書けません!

 NAOKIさんからの連絡で代理投稿しています。
昨夜から今朝にかけてNAOKIさんのラップトップが行方不明になってしまったそうで書き込みが出来ません。という訳で代替えのラップトップが用意できるまではいろいろな人がNAOKIさんに代わって何かしら投稿すると思われますのでご了承下さい。

日記をお楽しみの方々には大変ご迷惑をおかけしますが、暫くお待ち下さい。きっと面白い「顛末記」が期待できると思いますよ。^^:
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KANDA NAOKI?

 

“セブ在住日本人懇親会”


 


これは、日本人会が中心となって、セブに在住する日本人の方々と交流を持ちお互いご挨拶が出来る様にと企画されました。


 


今回は、マニラから医師の小栗先生に来て頂き講演をお願いし、皆様お悩みの医療相談も出来るそうです。


 


日程:3月27日(土曜日)


場所:ホテル エイシア。


時間:午後5時から8時半頃まで。


参加費用:500ペソ。


(酒類持込歓迎)


 


連絡先:ホテルエイシア(マチコ)


0918−985−8441


    日本人会(石田会長)


    0918−912−3233


 


参加ご希望の方は、3月24日までに上記ご連絡お願い致します。


 


(皆様のご参加をお持ちしております)


 


 


 


前回、ヤスベーさんに頂いた、


 


“2010年プロ野球全選手写真名簿”



 


を見ていたら。


 


(かわいそうに、こんな名前の選手が居るなんて?)


と思った。


 


“巨人軍の新人投手で、将来が楽しみな↓”


 


 


 


“神田 直輝?”


(カンダ ナオキ)


 


(字は違うが名前は私、名字がKNさん?)


 


もし、姓名判断で調べたら、


 


(将来、セブ島でウダウダしているでしょう)


 


と出そうな名前でした。


(ね〜KNさん)


 


ところが彼は育成選手なので背番号は112番


 


“二軍の試合のみ出場出来る”


 


 


 


との事で(1軍入りしたら嬉しいな〜〜〜)と思いました。


KNさん二人で応援しましょうね)


 


 


知っている人しか意味が分からない話:


 


W氏がK氏と来て、


「マイッタよ〜桃太郎も討ち死になった〜〜」


「何処へ行って来たの?」


「夢ヶ島に鬼退治」


「鬼の方が強かったの?」


「そう、サルさんもキジさんもイヌさんもヤラレタのだよ」


「ヘエ〜ところで誰が桃太郎なの?」


「オレ」(W氏)


(セブでは桃太郎の昔話が変わりました?)


 


この物語は、彼等が勝手に付けた“夢ヶ島”と言う場所があり、そこには鬼の様に麻雀が強い人が住んでいて、サルさん、キジさん、イヌさんを呼び麻雀をしていたが、殆ど3人は負けていた、その話を聞いたW氏が、


「それならオレが退治にしに行こう」


と、Mマートでキビ団子を買いサルさんを連れて乗り込んだ。


(キジとイヌは休み)


 


しかし、2日も戦ったが、鬼は強く桃太郎とサルは“打ち死に”したのです。


(昔話とは違う?)


 


この桃太郎とサルさんには約束事があり、勝った方が食事をオゴル事になっていた。


サルさんが「俺500ペソ負けたのに、高級日本料理店を“ごちそう”したんだぜ、大赤字だよ」


「しょうがないだろ俺はそれ以上負けたのだから、今日は俺がオゴルから好きなだけ食べて飲みなよ」


 


「エエ、勝ったの?」


「500ペソ」


「それだけ?」


(鬼さんは強い)


 


「俺も赤字だ、今度はサル、キジ、イヌを呼んでヤロウかな?」


「でもキジさんが入ると時々鬼がまけるんだ」


「エエ、どうして?」


「キジさんの打ち方は鬼を霍乱させるんだよ」


(普通では考えられない打ち方?)


 


私が、


「そうだ、それで勝った人が桃太郎になって、また夢ヶ島へ鬼退治に行ったらどう?」


とバカな話が続き、それから桃太郎とおサルさんは、マッサージをして小町に行きました。


(知らない人が読んだら、分からない物語でした)


 


 


来週、姉が来ます。


 


私の恩人の社長さんからの電話で、お友達の方々とセブに来る事になった、


「お姉さん連れて行ってあげようか?」


「エエ、休めるのですか?」


「もう働いていないよ」


「お荷物にならなければお願いしたいです」


翌日、姉から電話が入った。


「社長さんが“一緒に連れて行ってあげる”って言っているけど行ってもいいかな?」


「私も電話で聞きました、お兄さんさえ良ければ来たら」


(姉の旦那さん、前立腺で去年まで入院していた)


 


そして翌日、姉からまた電話が入った、


「娘と孫も連れて行く事になったから」


(次女)


「エエ〜そんなに来るの?」


(姪は確か妻と同じぐらいの歳だったかな?)


その時、娘が居たので姉と話をさせた、


(話せるかな?)


よく聞こえなかったが何か話をしていた、そして姉と代わったら、


「凄〜い、日本語話せるじゃない」


(私とは話した事は無い?)


「片言だけど1人で勉強したみたい?」


「それなら安心だ、3人で行くからね」


と、切った。


(娘を通訳で付けるかな?)


 


5年ぶりに会いますから楽しみです。


(社長さん、何から何まで有り難う御座います)

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誕生日2010。

 

昨日は、私の誕生日。


 


朝から料理を作り夕方従業員に食べさせました。


「ハッピーバ〜〜スデ〜 ツーユー♪〜〜〜」


みんな笑顔で祝って頂きました。


 


 

(SPAのスタッフ)


(コック達、
この笑顔は、タダで食事を食べられるから?)


 


(このケーキ、三井造船のお客様が来ていて頂きました)

”ありがとう御座いました”


 


夜、サンカルロス大学の学生が「インタビューをしたい」と来た。


 


昨日は忙しく、9時過ぎにヒマになったので席に行った。


(若い学生が6人もいた)


 


「お待たせして、ごめんなさい」


(7時頃から来て食事をしていた)


「お忙しいところごめんなさい、卒業論文でセブに住む外国人にインタビューする事になって、ご協力をお願い致します」


と、二十歳前後の子に頼まれたら“イヤ”とは言えないNAOKIです。


(ただのスケベ?)


 


「君達はHRMかい?」


(ホテル・レストラン・マネージメント)


「いいえナルシンです」


(看護)


「エエ、どうして看護を勉強しているのにレストランへ来たの?」


「日本の宗教や生活のついて聞きたいのですが?」


「分かりました」


 


学生さんなので、まず話始めたのは教育の違いから、


フィリピンでは小学校6年、高校4年、そして大学が4年、となっていて教育の年数とレベルが違う事を説明し、宗教については、私個人の考えを説明した。


(宗教の話は個人差が御座いますので書きません)


 


ビデオを映されながら30〜40分話し、彼女達も納得して最後に、


「お誕生日ですか?」


「そうなのです」


「知らなかったので、歌だけ唄わせて下さい」


と全員で、


“ハッピーバースデーツーユー♪”


と歌って頂き帰りました。





(学生さんはイイですね〜質問が飲み屋の子とは大違いです)


 


 


私、M子ちゃん、J子ちゃん、の誕生日パーティーを8時から始めた。


 


一番楽しみにしていたJ子ちゃんが、急な仕事が入り来られませんでした。


 


“かわいそうに、でも、日本人は仕事が一番ですから”


(フィリピン人は誕生日だと休む)


 


3人だけの誕生日パーティーと思っていたら、たくさん集まって頂きました。


 


学生のインタビューもあり、私が席に付いたのは9時過ぎで、もうみなさん酔っ払っていた。


 


いつものお客さんが、誕生日の歌を唄ってくれ、


“カンパ〜〜イ”


から始まった。


(私だけ)


 


 


 


(皆様、お忙しいところ有難う御座いました)


 


飲んでいたら、日本からの電話が鳴った。


「もし、もし〜〜」


(にぎやかな所らしく良く聞こえなかった)


「タンボックだけど」


「あ〜〜ぁ、久しぶり〜〜お元気ですか?」


(何年ぶりかな?私の古〜〜い、お友達です)


「お前のブログ見えないんだけど?」


「ごめんなさ〜い、少し問題があって切れちゃったのです、新しく作りましたから教えます」


(見ていてくれたんだ?)


 


「嬉しいな〜昔から連絡が取れないと捜してくれますね〜」


 


十数年前の事だった、私が旅行会社を辞め水産会社に移った頃は忙しく誰にも連絡をしていなかった。


 


ある日の日曜日“ふじやま”のオーナーが家に来た、


(当時、セブプラザの入り口にあった日本料理店)


「ここが、よく分かりましたね?」


(エスカリオ通りの貧民街に一軒家を借り住んでいた)


「ここら辺だとは知っていたけど探したよ〜」


「どうしたのですか?」


「昨日、お友達が来てNAOKI君を捜していたんだ」


「エエ、誰ですか?」


「タンボックと言っていました」


「エエ〜〜何処に居るのですか?」


「マリバゴブルーウォーターに泊まっているそうだ」


「わざわざ訪ねて来て頂き有難う御座いました」


(当時は携帯も無いし、家には普通の電話も無かった)


 


直ぐにホテルへ電話して会う事が出来ました。


 


「お前“ジュン サントス”って知っている?」


「知らない」


「フィリピン人でテレビによく出ているんだって」


(テレビは見ない)


 


するとフィリピン人の女性に代わった、


「日本人?」


「はい」


「チャンネル7に出ている“ジュン サントス”よ」


(知らないが長くなりそうなので)


「あ〜〜ぁ」


と答えたら、電話の向こうで、


「ほら、知っているって」


(知らないよ〜〜)


 


「その男が俺に似ているって言うんだよ、どう似ている?」


「そう言えば・・・・?」


(知らないから“はい”とは言えない)


「いい男か?」


「太っているところが似ているかな・・・?」


「太っているのか?」


(これ以上話すとバレるので)


「うるさいので良く聞こえないから、今度メールアドレスを教えて」


と切りました。


 


そして、今朝、ウェイトレスにその名前を言ったら、


 


“あ〜ぁ、オカマの・・”


 


(タンボックさんに似ている方は“オカマ”でした)


 


 


とても楽しい誕生日でした。



 

(私も女性になっているケーキです)




(M子ちゃんの手作りケーキです)

「この緑はなに?」
「ミットです」
「ヘエ〜ミントですか」
とミントだけ食べた、
「美味しいじゃない」
「ミントだけ食べて”美味しい”は無いでしょう?」

(甘くなくて酒飲みでも食べられるケーキで美味しかった〜〜)

他のも太巻きも持って来てくれました。
(時間掛かっただろうな?ご苦労様でした)


(ご出席の皆様、誠に有難う御座いました)
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W氏のLTO報告。

 

皆様には、ご心配をお掛けして心からお詫び申し上げます。



 



連絡先が分かる方には、メールや電話で知らせました。



 



いつものお客さんにもお願いし、



 



ブログ:



“セブ島第二の人生”



 



J君のブログ:



“セブからまいど”



 



http://cebu.tis-foundation.org/



 



にも、貼って頂きました。



(お二人に感謝致します)



 



 



しかし、“セブ島第二の人生”を見て驚いた。



 



http://blogs.yahoo.co.jp/lanibga/24276295.html



 



この写真は、勘弁して下さいよ〜〜〜〜。



(感謝を取り消します)



 



 



先週、W氏とLTOへ行きましたが、その日に出来なかった理由が分かりました。



 



NAOちゃ〜ん、どうなっているのだLTOは?」



「エエ、免許貰えなかったの?」



「貰ったけどマイッタよ〜〜」



(また、文句かな?)



 



翌朝、W氏がLTOへ行った。



窓口で領収書を出し、



「“今朝来い”と言われたのですが?」



「ちょっと待って下さい」



しばらくして、



「午後来て頂けますか?」



「エエ、午後からは忙しいので11時ぐらいでもイイですか?」



「たぶん大丈夫だと思います」



 



そして11時に行ったが朝居た窓口の女性が居なく男性が座っていた、



「あの〜朝来たら“11時来る様に”と言われたのですが?」



「ちょっと待って下さい」



また、しばらくして、



「担当の者が居ませんので午後来て頂けますか?」



「ちょっと待ってよ、どうして時間が掛かるの?」



「“1”にサインする課長が昨日は休みで今日もまだ出て来て居ないのです」



(この“1”は自動二輪)



 



 



一緒に行った日、検査室で待っていた、



NAOちゃんの免許は何時までだよ」



(彼と私の誕生日は4日違い)



「去年、更新したよ」



(3年に1回更新する)



と免許証を見せた、



「あれ、プロフェッショナルじゃない」



「そう、数年前に作ったんだ」



「車に乗らないお前が、どうしてプロフェッショナルなのだ?」



「“プロにするか”って言われたので、“何でもいいよ”と言ったら作ってくれたんだよ」



(普通の方の免許証にはノンプロフェッショナルと書いてあります)



「どうして1・2・3まで付いているんだ?」



「知らない」



「俺のは“2”しか付いてないよ」



「普通は“2”だけだよ」



「俺のも1・2・3に出来るか?」



「聞いてみるよ」





(運転しないのにプロフェッショナル?)
 



(1)   自動二輪



(2)   4500kgsまでの車両



(3)   4500kgsを上回る車両



 



LTOの友人に聞いたら、



「“1”だけなら出来る」



と言われたので、W氏に言うと、



「それでいいよ」



との事でお願いしたのです。



 



 



W氏はLTOの窓口で、



「“1”が無ければ直ぐに出来るのか?」



「はい」



と言われ、



「じゃ〜前のままでいいよ」



と、お願いしたら直ぐに出来たそうです。



 



「サインする課長が居ないなんて、どうなっているんだよ〜」



(私に言わないで下さ〜〜〜い)



 



 



昨日、Iちゃんが来てくれて、



「明日飲んで下さい」



 



 



 



2010年ワールドカップアフリカ大会を記念して作られた日本酒.



“御湖鶴”



を頂きました。




 



 



それと、バースデーカード。



「日本から送る予定でしたが来ちゃいました」




 
”楽しいことい〜っぱいありますように!”

(だって、
嬉しいですね〜この“マメさ”が女性に“モテル”のかな?)



 



女性からは1枚も届いておりません。



 



 



今日はキッチンが忙しい、何故ならば私の誕生日、従業員全員が食べる食事を作っております。



 



フィリピンでは、誕生日の人が“ごちそうする”のです、毎年の事ですが70人程いれば安くは上がりません。



 



今回の誕生日メニュー:



フライドチキン、



スパゲティー、



ルンピア、(春巻)



フライドライス、



 



誕生日で、ここまで生きられたのは嬉しいが、出来れば内緒でやりたいです。

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NAOKI物語(10)

 

NAOKI物語(10)


 


ルセナ工場を閉め、セブのマンダウエに、またアパートを借り姉妹達が帰って来た、姉は私の会社で働き、彼女と妹は学校へ行った。


 


半年ぐらいして会社にマンダウエ警察が来た、


「何の用事ですか?」


「貴方を逮捕します」


「話しが分かりませんが?どうして私を?」


「貴方が出したチェックが(小切手)現金にならず訴えが出ています」


「何処から訴えが出ているのですか?」


「ビコールのソルソゴンです」


「ちょっと待ってよ意味が分からないのですが?」


 


台湾人が切った小切手を、前のマネージャーがサプライヤーに渡したそうで、その台湾人が会社を閉めて逃げたので現金にならず、私の会社を訴えたのです。


(金額は約2万ペソ、この日初めて聞いた話しだった)


 


「じゃ〜どうすれば良いんだ」


「今直ぐ逮捕致します」


「冗談じゃない、今聞いた話でどうして逮捕されるんだ?」


「じゃ〜保釈金を積んで下さい」


「幾らだ?」


「1万ペソです」


「それは戻って来るのか?」


「はい、裁判が終わり次第」


 


仕方なく1万ペソを払い、姉にお金を持たせソルソゴンへ飛んで綺麗にして訴えも下ろさせて来た。


 


「保釈金を取り返して来い」


と警察へ行かせたが、なんだかんだと遅らされ結局払いませんでした。


(その時に“この国の警察は最低だ”と思いました)


 


それから数年して、仕事でタイへ行く事になった、チケットを買いマニラ経由でタイ航空に乗る予定だった。


 


朝の便でマニラに着いて、タイ航空のカウンターへ行き荷物を預け、イミグレに行った。


 


イミグレのカウンターにパスポートを出し待っていると、


「すみませんが貴方はフィリピンから出られません」


「エエ、どうしてですか?」


「出国禁止になっております」


「どうして?毎年セブから日本へ帰っているんだよ?」


「ここでは分かりませんから、マニラのオフィスへ行って下さい」


(土曜日だった)


「開いているの?」


「休みです、月曜日に行って下さい」


「私は仕事で行くんだ、今すぐ調べてくれ」


「無理です」


 


仕方なく、タイ航空へ戻り荷物を戻してもらい、タイに居る社長に電話して事情を説明しセブに戻った。


 


月曜日にセブのイミグレへ行き、


「今まで毎年日本へ帰っていたのに、マニラからは出られないってどう言う事だ?」


当時、セブにはコンピューターシステムが無かった、そして調べたところ数年前、ソルソゴンのサプライヤーに訴えられた罪が消えていなかったのでした。


 


「そんなバカな〜終った話じゃないか」


「コンピューターは、消えていなかったんだ」


「どうするんだ?」


「その書類居はあるか」


「あるよ」


「それを持って行けば大丈夫だ」


「危ないから、証明書を作ってくれない」


 


 


それから家に帰り裁判所から頂いた、事件が終わった書類を持ってイミグレに行き出国出来る書類を作って頂き、裁判所からの書類も持ちマニラへ飛んだ。


(今度は簡単に出られた)


 


この国で一度、訴えられると消すのは大変です、


(私の友人は裁判が終ったのに消えたのが2年後だった)


それからも無犯罪証明書を取る時にも、その書類が必要となったのです。


 


 


バンコクの空港に着くと、タクシーに乗りホテルの名前を告げた、運転手は英語が少ししか通じなかったがホテルを知っていたので助かった。


 


ホテルに着き社長の部屋に電話を繋いでもらった、


「今、ホテルに着きました」


「お疲れ様、下に行くから待っていて」


社長が来て部屋を取って頂き、


「荷物を置いたら食事に行こう」


と、ホテルを出たら“ゾウ”が居た、


「凄い〜〜象ですよ〜〜」


社長は当たり前の様な顔をして歩いていた、


(ゾウさん、ですよ・・・・・)


そして、タイ料理屋へ連れて行って頂いた、


(英語の通じないウェイトレスだったが、美味しかった)


 


食事の後は“タニヤ”と言う場所へ行った、そこには日本語でカラオケ屋の名前が出ている看板が並んでいた。


「日本語で書いてありますね?」


「この辺は、日本人相手のカラオケ屋が多いんだ」


その中のビルに入った、ドアを開けるとママさんが来て社長と何か話していた、


「こちらへどうぞ」


席に座ると反対側の席に女性がたくさん座っていた、


「どの子がイイ?」


「英語は通じますか?」


「英語は無理だよ、ここは、日本語を話せる子が多いんだ」


と言われ、社長が4人連れて来て、


「この子達なら日本語が良く分かるよ」


「誰でもいいですよ」


女の子が2人座り一緒に飲んだ、そして30分ぐらいしたら、


「この子でイイのか?」


「エエ、何にが?ですか?」


「連れて帰るんだよ」


「エエ、ここは連れ出し出来るのですか?」


「明日は早いからその子でいいな」


と言われ、社長も1人連れて4人でホテルへ戻りました。


 


エレベーターの所にボーイさんがいて、


「はい、500バーツ」


と言われた、


(連れ込み代取るの?)


 


朝、6時に起床して6時半にレストランへ行き、7時にバンが迎えに来て乗った。


 


ホテルから工場へは約1時間掛かった、大きな工場で海老を専門に加工していた、私は、イカの加工方を教える為に行きました。


 


英語の通じる人を付けて頂き、初日はミーティングだけで、夕方5時に終わりバンに乗りホテルに戻ったのが7時近かった。


(バンコクの渋滞は凄かった、行きは1時間だったが帰りは2時間も掛かった)


 


翌朝、社長は日本へ帰り、私1人で工場へ通った。


 


土日休みだったから、金曜日になりタニヤで知り合った女性と約束をしていたので、オカマショーを見に行きました。


(大きな劇場で、綺麗なオカマがたくさん居ました)


 


「来週は、お寺を見に連れて行きます」


と約束してくれた。


(いろんな意味で良い子でした)


 


翌週、日本に居る友人から電話が入った。


「今週、日本へ飛んで来てくれない?」


「エエ〜今、タイに居るんだよ?」


NAOKIさんが来てくれないと困るんです」


「でも、土日しか休めないんだけど?」


「それでイイから来てくれない?」


「じゃ〜飛行機を調べてみます」


と切った。


 


当時、彼にお客さんを紹介し、その方から、


NAOKIさんと一緒に来て欲しい」


と、言われたそうです。


(この頃から、何でもNAOKIをやっておりました)


 


タイ工場の事務員に調べて頂いたら、


「全日空なら金曜日の夜中に御座いますが?」


「成田到着は?」


「朝の6時です」


「戻りは?」


「月曜日の朝9時に便です」


(月曜日は休まないとならないな?)


 


仕方なく、社長に事情を説明し許可を頂きチケットを買い準備が出来た、しかし、フィリピンからタイですから半袖のシャツしか無かったので、町に出て長袖のシャツを探したが無かった。(困ったな〜〜)


(仕方なく長袖のワイシャツを買った)


 


金曜の夜中に空港から成田へ飛んだ。


 


(ここからが凄いスケジュールだった)


 


成田に到着すると友人が車で迎えに来ていた、


「ごめんね、寒いからこれ着て」


新品のコートを着せて頂いた。


(11月の初めだった)


車に乗ると羽田空港へ行き青森行きの飛行機に乗った。


青森空港へ着くと、


「寒〜〜い」


(青森ですからね)


「コート持って来て良かったね」


青森の社長さんが迎えてくれて、会社へ行った。


 


ミーティング後お昼を食べ、青森の社長の運転で盛岡へ向かった、途中の秋田で工場を見せて頂き盛岡に着いたのは夜だった。


 


この日の内に、


 


“タイ〜成田〜東京〜青森〜秋田〜盛岡”


 


と、生まれて初めてのハードスケジュールが終った。


 


翌朝、盛岡の工場を見せて頂き、ミーティングをしてお昼を食べ盛岡から新幹線で東京へ着き、彼のお兄さんが経営するホテルに泊まり、翌朝6時に出て成田に着きタイへと戻りました。


(もう、カンベンして下さ〜〜い)


 


翌週、タイからフィリピンへ戻りました。


(タイの女性とお寺を回りたかったナ〜〜〜)


 


 


この社長とは、ベトナムにも行きました。


(フィリピン数ヶ所、タイ、ベトナム)


 


マニラ経由でベトナムに到着した、ホーチミン空港には役所の方が迎えに来ていた、


「コーヒーでも飲もうか」


と言われ、喫茶店に入りコーヒーを注文したら、真っ黒なコーヒーが出て来た、


「濃そうですね?」


「こちらのコーヒーは濃いんだよ」


確かに濃いが美味しかった。


 


車に乗りレストランへ向かったら、


「何このオートバイ?」


車よりオートバイが多いから車は肩身の狭い思いをして走っていた、


「中国から安いオートバイが入っているから、殆どの家にオートバイがあるんだよ」


信号で車が停まると目の前にオートバイが数十台も並び、信号が変わると、そのオートバイの群れがイッセイに走り出すから凄かった。


(オートバイが走り出すまで動けないのが車です)


 


レストランに着くと海鮮料理店だった、役所の方が注文し海鮮料理がたくさん出て来た、そして、どれも美味しく、ご飯まで美味しかった。


(フィリピンとは大違い)


 


「両替をしよう」


と言うので、$200を替えたらお金がたくさん来た、


「ミリオンですよ〜使い切れるかな?」


「直ぐ無くなるよ」


(フィリピンのお金だったら使い切れない)


 


夜は、鍋を食べ最後に白い麺が出て来た、


「これは、お米で作った麺なのだ」


この麺が好きになり、居る間の朝食で毎日食べました。


 


食事の後、


「カラオケに行こうか」


と言われ連れて行って頂いた、そこは個室カラオケで女の子が数人来て横に座った、


「英語は分かりますか?」


「無理だな」


「じゃ〜日本語?」


「それも無理」


「どうするの?」


「役所の人が通訳してくれるよ」


(そんなバカな〜〜〜〜)


 


名前を聞いても、歳を聞いても、知らん顔された。


 


通訳の方を通し話しても楽しくなかった、


「連れて帰るか?」


「話せ無い子連れて行っても楽しくないでしょう?」


「いいから連れて行け」


社長に付いた女性は英語が少し話せた。


(他に居ないの〜〜〜?)


 


ホテルに行くとフロントで女性に、


IDは?」


と聞いた、女性は、


「無い」


と言った雰囲気だった、


(言葉は分からないがベトナムは厳しい様だった)


フロントの人が英語で、


「彼女はIDが無いから入れません」


(良かった〜〜)


OKじゃ〜帰るように言って」


と、帰した。


(しゃべれない子と一緒に居てもつまらない)


 


部屋に入ったがテレビを点けてチャンネルを移動したが、日本の番組が出て来ないから、ビールを飲んで寝ようとした時にドアのノックする音がした、


(誰だろう?)


とドアのそばに行くと「SIR~」と声がした、


(フロントの人だ)


「はい」


とドアを開けたら、


「さっきの子が、IDを持って来ましたが?」


「エエ〜帰ったんじゃなかったの?」


「どうしますか?」


「何処に居るの?」


「ここ」


フロントの人の後ろに立っていた。


(マイッタな〜〜)


 


仕方なく中に入れた、


「お前、どうして戻って来たの?」


「・・・・・・・」


「私は1人で寝るから帰りなよ」


「・・・・・・・」


分かる訳が無い。


 


仕方ないからベッドに入り寝ようとしたら、服を着たまま隣に入って来た、


(と、言う事は?)


と思い、服を脱がそうとしたらベッドから出た、


(何だよ〜〜)


「服のまま寝たらシワクチャになるだろう、だから脱いでから寝るんだ」


「・・・・・・・」


(マイッタな〜)


仕方ないから私がTシャツを脱ぎ「こうだよ」と実演した、


「・・・・・・・」


「だから〜〜」


と、彼女の服に手をかけたら逃げた、


「どうでもいいけど何しに来たの?」


「・・・・・・・・」


酔っ払っているし頭に来たので寝たら、隣に入って来た。


(勝手にしろ)


 


翌朝、彼女は服のまま隣に寝ていた、朝食の時間になったので起こし、


「朝食を食べにレストランへ行くから」


「・・・・・・・」


(返事は無いよね)


レストランに行き、社長の彼女は朝帰ったので、二人で話していたら彼女が席に来て私の隣に座った、


「なんだよ〜さっきの話は嘘じゃないか」


「いいえ、本当ですよ〜眠っただけですから、そうだろう?」


「・・・・・・・」


(通じないよな〜〜)


勝手に、何か注文して食べていた。


 


そこに役所の方が現われた、


「おはよう御座います」


「あれ、彼女も一緒なの?」


「実は・・・・・・」


と夕べの話をしたら、


“かわいそう”


と思った彼が彼女に聞いた。


 


彼は驚いた顔をしていた、


「どうしたの?」


「処女だって」


「エエ〜〜じゃ〜どうして来たの?」


彼が聞いた、


「“優しそうだったから”だって」


「そんな〜〜〜」


 


それから仕事に行き、お昼になったら役所の人が呼んだらしく、社長の彼女と私の隣で寝た子も来て一緒に食べた。


 


「午後からは自由行動だ、彼女と一緒に何処かへ行ってくれば」


「言葉が分からない人と行っても“つまらない”ですよ」


 


ホテルに戻った私は、


「デパートは無いか?」


と聞いたが何の返事もない、


(中国人に似ているから漢字分かるかな?)


と漢字も書いたが分からない。


 


すると彼女が立ち上がって、何かを言いオートバイに乗るカッコをした、


(“オートバイに乗ろう”って言っているのかな?)


外へ出たらタクシーに乗り「OOOO」何かを言うと走り始めた、5分ぐらい走って止まったのは汚いビルが並ぶ道沿いだった、タクシー代を払い


「ここで待っていろ」


みたいなジェスチャーをしたので待っていた、するとオートバイが止まった、


「あれ?」


彼女が「後ろへ乗れ」と言うジェスチャーで後ろに乗った。


 


町にはオートバイが多く怖いくらいだった、そして、大きなビルの前にオートバイを止めた。


「デパートだね」


彼女は私の手を取り中に入った、平日の午後だったので人も少なく綺麗なデパートだった、キョロキョロしていたら、また手を取られた仕方なく付いていくと化粧品売り場の前に立った、


「欲しいのか?」


「・・・・・・」


返事が無いのは分かっていた、売り場の女性と話していてショーケースを指差した、


「これが欲しいのか?」


「・・・・・・・・」


店員に「ハウマッチ」と聞くと、


「300,000」


と答えた、英語は通じたが(高い〜〜)と思った。


(フィリピン人の3年分の給料だ?)


計算したら2千数百円だったから、


OK


と言うと大喜びしていた、それからは私の腕を組み民芸品売り場へ行き買い物をしました。


(何故か私もウキウキした?今晩が楽しみになったから)


 


その日の夕食にも高級レストランに連れて行かれ、


(ベトナムは何を食べても美味しいな〜)


と思った。


(フィリピン料理とは大違いでした)


 


お酒も入り良い気持ちになり、10時にはホテルに戻った。


先にシャワーを浴び、彼女もシャワールームに入ったのでビールを飲み待っていた、家から持って来たネグリレジェを着て出て来た。


(覚悟を決めたか〜?)


私は、あせらず訳の分からないテレビを見てビールを飲んでいた、彼女がベッドに入った、


(あせるな〜NAOKI


「ハァ〜〜〜さて寝るかな〜〜」


と言って電気を消しベッドに入った。


(優しく、優しく、)


と言い聞かせ手を出した、


“バッシ”


“イテ”


いきなり手を叩かれた、


(そうか、初めてだからな〜〜優しい言葉で・・・)


(どうしよう?言葉が通じない?)


 


少しずつ手を伸ばし首の下から何とか向こう側に伸びた、


(腕枕状態にはなった)


お尻を向けていたので顔をこちらに向けキスから始めた、


(いい感じじゃない?)


ところが歯を食いしばり嫌な顔をしていた、


(それなら)


と胸に手を持って行った、


“バッシ、バッシ、”


2回も叩かれた。


 


何度トライしても叩かれ疲れたので寝ました。


(ネグリジェは無いだろう?)


 


翌朝、6時半にレストランへ行った、


「どうだった?」


「ダメですよ〜〜」


「お前でもダメか?」


「やっぱり言葉の通じない国は無理ですね」


彼女も隣に座り、米で作った麺を食べました。


 


その日は工場へ行きました、ここではマグロを検査して品質の良いものは日本へ送っていました、他にも魚介類を冷凍して海外へと輸出しておりました。


 


最後の晩も美味しいベトナム料理を頂き、満足したベトナム出張でした。


 


この日も彼女は泊まり、朝、空港まで送ってくれて携帯番号をもらい、通訳の人が、


「“電話して”と言っています」


「誰に?」


「彼女にです」


「言葉が通じないから電話しても何を話すの?」


「ん〜〜ん・・・・」


 


「どうも有難う、また会いましょう」


と言うと寂しそうな顔をして涙を出しました。


(泣くぐらいならOOO~~~~


(私ももらい泣き)


 


それから、ベトナムに行く話しもありましたが、ボツになり二度と会う事はありませんでした。


 


今回はここまで、次回から人生の転換がはじまります。

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見かけと違う。

 

昨日、友人からの紹介のお客様が来てくれました。


 


本当は一昨日来る予定でしたが、フィリピンエアーラインの“エンジントラブル”との事で、成田に一泊して朝の9時に飛んだそうです。


(1日損しました)


 


3時ごろ到着して電話が入った、


「今、セブに着きました」


「エエ〜昨日じゃなかったの?」


(エンジントラブル)


「ホテルにチェックインしてから伺います」


 


それから1時間後電話が入った、


「買い物をしてから行く事になりました」


(6時か7時かな?)


と、思っていたが8時になっても来ない、


 


受信番号は:09225555555


(日本を経由して来るので、こんな番号で入ります)


 


“09221111111”


(こんなのもあります)


 


こちらからは掛けられない。


 


9時近くになって電話が鳴った、


「今、タクシーで神楽に着きました」


と言うので外に出たらタクシーから降りてきた、


(エ、ヤバそう)


危なそうで、体の大きな方々が入って来ました。


「いい・・らっしゃいませ〜〜」


(聞いてないよ〜〜〜)


席に案内し、注文が終ったところへ挨拶に行った。


「友人から聞いております、何処か行かれたいところが御座いましたら言って下さい」


1人の方の腕からチラチラと絵が見えた、


(エエ〜本物ジャン)


「海に行きたいのですけど」


「ビーチですか?島ですか?」


「ドチッがイイのか分からないから聞いているのですが?」


(ヤベ〜エ〜〜よけいな事言っちゃった〜)


「すみません、初めてでしたね、島へはボートで行きお昼にシーフードや肉等を焼いたバーベキューを食べシュノーケリング等で楽しみます」


「ジェットスキーの様なマリンスポーツやダイビングは出来ますか?」


「それならビーチが良いと思います」


「鉄砲も撃てますか?」


「はい、友達の所がありますのでご紹介致します」


「今から社長が来ますので相談してみます」


(エエ〜社長〜〜もしかして〜〜?)


「じゃ〜私は席を移りますね」


と言ったが、怖い方々の間しか空いていない、


「失礼します」


と間に座ったら足が当たった、


「ごめんなさい」


とのぞいたら踝のところまで絵があった、


(スゲエ〜〜〜〜)


 


しかし、話していたら私に対して礼儀正しく話は楽しく、好感の持てる方々だった。


 


「社長が来たようです」


と聞き、全員立ち上がるのかと思ったらリラックスして飲んでいた、


(いいの?O長さんじゃないの?)


「あの〜社長さんは、何をなさっていらっしゃる方ですか?」


(よけいな事を聞いたかな?)


「業界二位のOOO屋だよ」


(まともじゃない)


それを聞いて安心致しました。


 


この方々の注文は、上寿司、上刺身、ビーフステーキ、・・・・・・等と高い物をたくさん注文して頂き、テーブルに並びきれない程だった。


(あり難い事です)


 


社長さんは家族で来て新たに注文して頂きました。


 


1人の方が、「明日のホテルは何処ですか」


と社長さんに聞いた、


「決まってないよ」


「どうします?」


「マリバゴブルーウォーターを取る様にガイドには言ってあるけど、こちらでも予約出来ますか?」


と私に聞いた、


「エ、明日ですか?もし、ガイドさんが取っていたらダブルブッキングになってしまいますから・・?」


「じゃ〜返事を待ってからにします」


「皆様は?」


「もう一日ウォーターフロントを予約しております」


「それなら、皆様も社長さんが泊まるブルーウォーターで遊べばいいじゃないですか?海もあるしマリンスポーツも御座います」


「じゃ〜そうしましょう」


と、海の話は終りました。


(良かった〜〜〜)


 


11時過ぎに、


「社長の家族はホテルに帰るので、我々4人で遊びに行きたいのですが?」


「いいですよ、もうヒマですから私がお連れ致します」


 


と、ジャガーへ行きテンプテーションへ行き、神楽に戻ったのが2時でした。


 


皆さんとても良い方々でした、


 


“外見で人を見てはいけない”


 


と思いました。


 


しかし、“あの絵は綺麗で素晴らしかった〜〜”


 


(フィリピン人のマンガとは大違いだ)


 


 


マニラで驚く様なヒドイニュースがあった。


 


“邦人交通事故死”


 


ある日本企業の駐在員の方が、交通事故で亡くなりました。


 


この事故は高速道路で起こった。


 


夜7時半ごろ会社を終え、帰宅途中の駐在員の方は、フィリピン人が運転する後部座席に座っていた、事故があった場所は直線道路だったので運転手はスピードを出し走っていた。


(この時間高速道路は渋滞も無く空いていたそうです)


 


ところが思いもしない事が起こった、


 


“高速道路を人が横断していたのです”


 


運転手は驚き急ブレーキとハンドルを切ったが間に合わず人を撥ね車はガードレールに激突し車は横転したのです、後部座席に乗っていた日本人の方はシートベルトをしておりましたが、頭部を強打し病院へ運ばれましたが、お亡くなりになってしまいました。


 


セブでは、犬、猫、山羊、牛、そして人も飛び出して来ますが、一般道なのでそれ程スピードは出ておりませんから、死亡事故は少ないと思います。


 


“恐るべしフィリピン人”


 


(立ち入り禁止の高速道路を横断するのか?)


 


バカなフィリピン人の為にお亡くなりになりました、日本人駐在員の方もご家族の方も、納得が行かないと思います。


 


“ご冥福をお祈りいたします”


 


車に乗っていらっしゃる皆様、お気をつけて下さいね。


(何が飛び出すか分からない国です)

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ブログが消えた?

 

昨日は朝からW氏の付き合いでLTOへ行った。


 


8時半に待ち合わせをして、LTOに着いたのは9時ごろだった、


「先に身体検査へ行きます」


とドアを開けると(あれ、いつもと違う?)


 


以前ここには、身長、体重、血圧、目、色盲、尿、等の検査があった。


 


「ここでいいの?」


と聞くと、紙を出され、


「これに記入して下さい」


と言われたので、


「君、書いてよ」


と書かせた、そして尿、身長、体重、目の検査だけ終え、コンピューターで写真を撮り指紋を撮った。


「目に検査、片目しかしてないけど?」


(彼は目が悪い)


「いいんだよ〜」


(ここで300ペソ)


 


「他の検査はどうするの?」


「道の向こうにある検査場へ行って下さい」


「エエ、ここじゃないの?」


 


道を渡り検査場へ行くといつものいい加減な顔ぶれが居た、


「そこへ立って」


(身長)


「185cm」


W氏が、


「俺は177cmだけど?」


「あ〜そう」


(体重)


「何キロ?」


「85kg?」


彼は私に、


「靴を履き服も着たままか?」


「いいから黙って計らせな、次の血圧は“120の80”って言うから」


(血圧)


「120の80」


 


「ホラね」


 


中に入り、また目の検査、


D H C Z L P


「はい、もう片方」


(両目を検査した?)


D H ・・・・・・・」


(同じ列だから覚えて置けよ〜〜)


大きな字の方を指した、


K B S P T


「はい、OK


 


最後に医者の質問がありペーパーを貰った。


(100ペソ取られた)


 


「前は、LTOの中で全部済ませたんだよ」


「ここに金を落とす為だろう」


(確かに。LTOで検査する様になってから、ここは寂れていた)


 


LTOに戻り、


「後は、ここで紙に記入して写真を撮り免許を貰うだけだよ」


私も入ろうとしたらガードマンが、


「受け付ける人しか入れません」


と言われ、


「じゃ〜外で待っているは」


と、20分ぐらい待っていたが暑いので、ガードマンにW氏を呼んでもらい、


「ごめん、先に帰るよ」


と、神楽へ戻りました。


 


後から電話が入り、


「カードは明日だって」


「どうして?」


「分からん」


「じゃ〜またカードが無いのかな?」


「そんなバカな〜〜」


(前回KNさんと行った時もカードが無く1週間待たされました)


 


 


昨日の夜10時ごろヒマだったので、


「久々にチロリンへ行きたいのですが?」


(たまには他のお店も見て研究しないとね?)


と、KNさんを誘い“チロリン村”へ行きました。


 


(このチロリン村はオープン当時、私が借りておりました)


 


オーナーのKさんが来て、


「久しぶりだな〜元気か?」


「はい、何とかやっております」


 


Kさんがペットボトルに水と“粉のお茶”を持って来た、


「これで割って飲むと悪酔いしないし次の日も酒が残らないんだ」


と、3袋持って来て、その粉茶をペットボトルに入れシェイクしたらグリーンの良い色になった、


「いい色ですね〜」


「飲んでみな美味いよ〜」


 


“焼酎のお茶割り”


 


「美味い!」


「これは飲み過ぎてしまいますね〜」


焼酎よりお茶の味と香りが強くスイスイと入って行きます。


「これはヤバイですよ」


「いいじゃない、お客さんのボトルがドンドン減って」


「これはジンローみたいな癖や味の無い焼酎に合うのかも知れませんね」


(ヨシ、一つ頂き〜〜)


 


テーブルの横に貼ってあるメニューを見て、


「これは、誰が作ったの?」


Kさんが、


「俺だよ」


「ハハハハ〜〜Kさんに出来る訳がないじゃない」


「最近、コンピューターが出来る様になったんだよ」


「エエ〜本当ですか?」


(機械オンチのはずだが???)


「スイッチの入れ方は分かった」


「何だ〜、それなら誰でも分かりますよ」


NAOちゃんのブログも見ているんだよ」


「エエ、本当ですか?」


と、言うと「ちょっと来ナ」とオフィスへ連れて行ってもらった。


 


「ヘエ〜ちゃんとした事務所じゃないですか〜」


「けれだよ」


とコンピューターを見せて頂いた、


「イイですね〜」


「ここがスイッチだ」


(本当にスイッチは分かるようだった)


「このコンピューターは素晴らしい」


「重いのに友達が持って来てくれたんだよ」


「知っています」


「どうして知っているんだ?」


(ラポニアさんから聞いております)


 


「ここに“NAOKIの居酒屋日記”が有るだろう」


「あ、本当だ〜」


「開けてみな」


と言われ、押したら画面が英語で、


 


WELCOM TO KAGURACEBU.COM


 


と出て来た。


 


「何これ?」


「あれ〜おかしいな〜誰かが動かしたのかな?」


 


YAHOOから“NAOKIの居酒屋日記”を開いたが、同じ画面が出て来た。


 


(これは、おかしい?)


 


何度かトライしたが同じ画面しか出て来ない。


 


「ダメです」


「誰からイジッタのかな?」


「いや、他から入ってもダメですから、たぶん本元の方かも知れません」


 


Kさんからお茶をもらって来ました。


(有難う御座いました、また、オジャマ致します。


 


 


その後、家に帰ったKNさんからも、


 


“ブログ英語になっております”


 


とメールが来ました。


 


 


そして今日、私も開けたら英語だった。


 


急いで日本のYUTAちゃんに電話した、


(神楽のホームページとブログを作ってくれた師匠)


 


「ブログを開くと英文で出て来ちゃうのですが?」


「エエ、それはおかしいな〜」


「チェックして見て下さい」


 


と電話代が高いので手短に話し切りました。


(このまま直らないのかな〜?)

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